オーナーブログ VOL.1~美容師になると決めた時~
2026/06/28代表ブログ
23歳で美容学校に入った理由――上場企業を辞めて、自分の一生を作りたかった
大学を卒業して、上場企業に就職しました。
営業職で、労働環境も良く、研修も充実していて、仕事は楽しかった。傍から見れば、何不自由ない社会人生活だったと思います。
でも、ある日ふと気づいてしまったんです。
「40年後の自分が、はっきりと想像できてしまった。」
それが、耐えられなかった。
「このまま行けば、こうなる」が見えてしまう人生。安定しているのに、どこか息苦しい。自分の意志ではなく、レールの上を走っているような感覚。それは決して、会社が悪いわけじゃない。ただ、私には合わなかった。
「自分の一生を、自分で作りたい。」
そう思った時、初めて真剣に考えました。自分が一生をかけてやりたい仕事とは何か。生きている意味とは何か。
出た答えは、シンプルでした。
「小さくてもいい。自分の力で、自分の価値を創れる仕事がしたい。」
ファッションが好きだった私は、クリエイティブな仕事の中から美容師を選びました。23歳で美容学校に入学し、24歳で横浜の美容室に就職。周りはほとんどが18歳の同期でした。
そのサロンで、入社初日に社長から言われた言葉が、今でも私の中に生きています。
「うちは美容業だけど、実は教育産業なんだよ。」
技術を伝えることを通して、「人としての在り方」を伝えていく会社だと。
その言葉を聞いた瞬間、鳥肌が立ちました。これだ、と思いました。
あれから30年。マインズという会社を作り、今も現役でハサミを持っています。遠回りに見えたあの選択が、私の人生のすべての土台になっています。
美容師という仕事は、やればやるほど好きになる。お客様の笑顔がリアルタイムで返ってくる。自分次第で、どこまでも成長できる。
あの日、40年後の自分が見えてしまって、怖くなって、全部捨てて飛び込んだあの選択を、私は一度も後悔したことがありません。
「人生は、自分でデザインできる。」
それを証明したくて、今日もここに立っています。
MINDS代表 池田 浩
大学を卒業して、上場企業に就職しました。
営業職で、労働環境も良く、研修も充実していて、仕事は楽しかった。傍から見れば、何不自由ない社会人生活だったと思います。
でも、ある日ふと気づいてしまったんです。
「40年後の自分が、はっきりと想像できてしまった。」
それが、耐えられなかった。
「このまま行けば、こうなる」が見えてしまう人生。安定しているのに、どこか息苦しい。自分の意志ではなく、レールの上を走っているような感覚。それは決して、会社が悪いわけじゃない。ただ、私には合わなかった。
「自分の一生を、自分で作りたい。」
そう思った時、初めて真剣に考えました。自分が一生をかけてやりたい仕事とは何か。生きている意味とは何か。
出た答えは、シンプルでした。
「小さくてもいい。自分の力で、自分の価値を創れる仕事がしたい。」
ファッションが好きだった私は、クリエイティブな仕事の中から美容師を選びました。23歳で美容学校に入学し、24歳で横浜の美容室に就職。周りはほとんどが18歳の同期でした。
そのサロンで、入社初日に社長から言われた言葉が、今でも私の中に生きています。
「うちは美容業だけど、実は教育産業なんだよ。」
技術を伝えることを通して、「人としての在り方」を伝えていく会社だと。
その言葉を聞いた瞬間、鳥肌が立ちました。これだ、と思いました。
あれから30年。マインズという会社を作り、今も現役でハサミを持っています。遠回りに見えたあの選択が、私の人生のすべての土台になっています。
美容師という仕事は、やればやるほど好きになる。お客様の笑顔がリアルタイムで返ってくる。自分次第で、どこまでも成長できる。
あの日、40年後の自分が見えてしまって、怖くなって、全部捨てて飛び込んだあの選択を、私は一度も後悔したことがありません。
「人生は、自分でデザインできる。」
それを証明したくて、今日もここに立っています。
MINDS代表 池田 浩




